Interview #04ダニが教えてくれる自然の豊かさ

数の多さではなく、種類の多さが大切。
支える生物が多様であればあるほど
環境は豊かさと個性を増していく。

青木 淳一

横浜国立大学名誉教授。1935年生まれ。東京大学大学院生物系研究科博士課程修了。農学博士。専門は、ダニ学、動物分類学、土壌動物学。著書に『ダニにまつわる話』(筑摩書房)、『日本産土壌動物』(東海大学出版会)などがある。

分解者としてのダニ

日本のダニは約1850種類、地球全体で約5万種類と言われています。ダニと聞いただけで、嫌な顔をする人が多いと思いますが、ダニの仲間で人間に有害なのは、全体の中でわずか1割にすぎません。私が研究しているササラダニは、まったくの人畜無害。森の中で、落ち葉や朽木の下で、ひっそりと暮らしているだけです。しかし、よく見ればダニが生態系の中で、「分解者」として、大切な役割を果たしているのが分かります。

ジャワイレコダニ。体内で黒く見えるのが「落ち葉のハンバーグ」”

ジャワイレコダニ。体内で黒く見えるのが「落ち葉のハンバーグ」

ダニは落ち葉や枯れ枝などの植物遺体を食べて細かく分解し、糞として排出します(私はこれを「落ち葉のハンバーグステーキ」と呼んでいます)。その糞を今度は微生物たちが無機物レベルにまで分解し、それが栄養分として植物の根から吸収されます。もしダニがいなくなってしまうと、こうした生態系のリサイクルがスムーズに進まなくなってしまいます。その意味でダニは、間接的に人間に益をもたらしていると言えるでしょう。おもしろいのは、ダニによって落ち葉担当、枯れ枝担当など、役割分担があること。人間が出すゴミが、燃えるゴミ・燃えないゴミ・リサイクル品によって扱う業者が違うのに似ています。分解者として多くの種類のダニが関わっているからこそ、生態系がうまく維持されているわけです。

人知れず
消えていく前に

地球上の生物種の数は、140万とも言われていますが、ある研究者の推定では、海底の泥の中に住む線虫に全て名前を付ければ、2億種類になるといいます。つまり、ほとんどの生物種にはまだ名前がついていないのです。
それくらい種類が多い地球上の生物たちが、今、急速に絶滅していっているわけです。もちろん太古の時代から考えれば、恐竜をはじめとして多くの生物種が絶滅していったのは確かですが、それらは何百万年もの時間の中で少しずつ消えていきました。ところが今は、50〜100年単位の非常に短い期間で、絶滅が進んでいます。これは異常な事態で、その原因は人間の活動にあります。
日本のトキは多くの人に惜しまれつつ、姿を消していきました。しかし、仮にダニの1種類が地球上から姿を消しても、誰もそれを惜しんではくれないでしょう。だから私はせめて、こういう生物種が地球上にいたという証拠を残しておくために、新種のダニに名前をつける研究を続けています。日本全国で調査した場所が2900か所。これまでに約300種類を見つけ、記録してきました。

青木氏によるダニのスケッチ

青木氏によるダニのスケッチ

指標生物としてのダニ

調査をする中で気づいたのが、ダニの種類によって環境への適応幅が違うという点です。どんな場所でも見つかるダニがいる一方で、自然林の中や雑木林の中にしかいないダニがいる。逆に畑やゴルフ場など、人間の手が加わった環境を好むダニもいる。これはおもしろいと思い、ダニを「指標生物」に使うことを考えました。指標生物とは、その場所の環境条件を測るために用いられる生物で、たとえば川の汚濁度を測るために水に住む昆虫が利用されています。この場合、ダニを使って土壌の豊かさを調べようというわけです。
まずこれまでの調査結果をふまえて、代表的な100種類のダニを選び、環境の変化に敏感な種類から劣悪な条件下でも平気な種類まで、A〜Eまで5段階にグループ分けをしました。グループ毎にそれぞれ点数をつけておき、土壌調査で見つかったダニの種類を調べ、1匹でも見つかれば、ポイントとします。Aグループに属するダニなら5点、Bグループなら4点という風に加算して、平均得点が環境指標を表します。
注意したいのは「数」が重要ではないというところ。同じ種が100匹いてもポイントは変わらず、「点数が高い種」がいるほど評価(平均点)が高くなっていく仕組みです。点数の低い種だけが大量にいたとしても、そこは良い環境とは言えません。
ダニが指標生物に向いているのは、「同じ環境には必ず同じ種類がいる」という点です。ダニは体が小さく、風で飛ばされるくらいに移動分散力が強いので、住める場所ならどこにでもいて、住めない場所にはまったくいない。たまたま地形などの関係で、そこには住んでいないということがありません。季節にも左右されず、昼と夜で結果に差もありません。まさに理想的な指標生物なのですが、ダニを見分けることは大変かもしれませんね。
かつては「ダニに名前をつけて、一体何の役に立つのだ」と言われたこともありましたが、こうして活用できることが分かっただけでも、私が続けてきたことは無駄な研究ではなかったと証明できました。

座間味島で発見された「ザマミフクロフリソデダニ」

座間味島で発見された「ザマミフクロフリソデダニ」

地球上の生物の
生命維持装置

ダニを指標生物として用いる調査では、数ではなく種類が重要だと言いました。つまり、多くの種類の生物が住んでいることが、豊かな環境の証しになります。これは近年、重要視されている「生物多様性」につながる考えです。
スギやヒノキの人工林と自然林を比べた場合、台風などの災害に強いのは後者の方です。いろいろな生物でにぎわい、時には仲良く時にはいがみ合いながら、うまい具合にバランスを取って暮らしていることが、その環境の豊かさになるのです。
「ダニがいなくなっても何も困らない」という人もいるかもしれません。しかしダニもまた地球上の生態系を維持する大切な役割があり、それが無くなることは地球の生命の力が弱まることにもつながります。ある人が言いました、「生物多様性とは、地球上の生物の生命維持装置である」と。