Interview #01熱帯雨林、そしてヒトの多様性

生物たちは、相互に依存することを通じて、
多様化し、複雑な生態システムをつくりあげてきました。
ヒトもまた、例外ではありません。

湯本 貴和

人間文化研究機構 総合地球環境学研究所 研究部 教授。1959年生まれ。京都大学理学部卒、京都大学大学院理学研究科植物学専攻修士課程修了、京都大学大学院理学研究科植物学専攻博士課程修了。研究分野は生態学。主著に、『熱帯雨林』(岩波書店)、『屋久島−水と巨木の島の生態学』(講談社)、共編著に、『食卓から地球環境がみえる』(昭和堂)、『世界遺産をシカが喰う』(文一総合出版)、『生物多様性ってなんだろう?』(京都大学学術出版会)などがある。

相互に依存する
生物相

熱帯雨林には、きわめて多彩な生物がいます。生物量は、シベリアの針葉樹林もかなり大きいのですが、種数が少なく、ほとんどの植物は、風が花粉を媒介し、種子を飛散するタイプです。
熱帯雨林では、動物が花粉を媒介し、多くの場合、種子も動物が運ぶシステムになっている。そこが、おそらく熱帯雨林に多くの生物種がいることに関係しているはずです。どこでも同じ種類の木であるなら、花粉も行きあたりばったりで飛んでいけばいいのですが、1ヘクタールに1本とか10ヘクタールに2本という密度の植物種の場合、的確に相手を探し当てないと非常に効率が悪い。種子も、ランダムにまき散らすよりも、植物にとって都合のいい場所に運んでくれる行動をする動物に託すほうが有利です。植物種が、1ヘクタールに300とか、50ヘクタールに1000というような熱帯雨林では、動物の助けを借りないと、おそらく植物は生きてはいけません。結果として相互依存のネットワークができ、ひとつの生き物がいろいろな生き物を支え、あるいは支えられるというような構造になっているのでしょう。
地上に登場したのは、シベリアの針葉樹の方が熱帯雨林の植物より先ですが、後者は進化とともに他の生物との関連がどんどん密になり、その関係が不可欠になってきました。生態的に被子植物が裸子植物に勝っていくプロセスにおいては、間違いなく「延長された表現形」の駆使、つまり昆虫を利用し、鳥類・哺乳類を味方につけたことが、大きな要素になっていたと思います。

キノコを必要
とする樹木

菌類、つまりキノコの存在も重要です。マツタケやトリュフのような菌類は、外生菌根菌といいます。優占種というか、森林を主に構成していて、繁栄している樹種はすべて、この外生菌根菌と共生しています。もちろんどんな植物の根にも、多かれ少なかれ共生あるいは寄生する微生物がいますが、外生菌根菌は、菌糸をどんどん周囲に広げていく。水中では、栄養源も対流していますが、土中のものはほとんど動きません。植物は、栄養源が根の2ミリ先にあっても摂ることができないのです。菌類は、菌糸を立体的にはりめぐらせることにより、周囲の栄養源を簡単に摂ることができる。そしてそうして得た栄養素を、光合成で栄養素をつくる植物との間で交換しています。陸上に植物が現れ、大森林をつくっていくとき、菌類の力を借りて効率的に栄養を確保していくという方法は、非常に大事なオプションでした。マツをはじめとする針葉樹のグループにしても、熱帯雨林のフタバガキ類にしても、里山のブナ科の樹木も、みんな外生菌根菌を標準装備しています。そうでないと優占種というものにはなれなかったのです。
花や果実は、もう少し後から付加されたオプションで、個体密度が低い中で生きていくには非常に大事な装備です。

高さ60mに達するアカテツ科の常緑高木、パイロネラ・トキシスペルマ Baillonella toxisperma の種子(アフリカ・ガボン)。

高さ60mに達するアカテツ科の常緑高木、パイロネラ・トキシスペルマ Baillonella toxisperma の種子(アフリカ・ガボン)。

パンダ科のパンダ・オレオーサ Panda oleosa の種子(アフリカ・コンゴ)。

パンダ科のパンダ・オレオーサ Panda oleosa の種子(アフリカ・コンゴ)。

アカテツ科のアウトラネラ・コンゴレンシス(ムクルング) Autranella congolensis の種子(アフリカ・ガボン)。

アカテツ科のアウトラネラ・コンゴレンシス(ムクルング) Autranella congolensis の種子(アフリカ・ガボン)。

植物に「協力」する
動物たち

たとえばネズミやリスは、もちろん自分たちが食べるためにドングリを運びます。そのとき他の動物たちに食べられないように隠す。隠すというところが非常に大事です。落ちたままのドングリの一番大きい死亡因は、乾燥です。何十年も生きていける種子はたくさんありますが、ドングリは秋に落ち、冬を越す前に根を出さないと死んでしまいます。それはたくさん栄養を蓄えている種子の宿命でもあります。リスたちが自分のために落ち葉などでドングリを覆って隠すことが、結果として乾燥を防いでいるわけです。
アフリカゾウに種子を運ばせる植物もいます。巨大な種子で、ゾウしか飲み込めません。そうして運ばれ、糞とともに地上に落ちるわけです。ゾウは移動距離も大きく、歩くことで植生を壊していく。植物の多くは発芽時期には光が当たる必要があるので、ゾウによって荒らされた環境は都合がいいのです。逆に、ゾウは植物にとって手強い敵でもあります。巨大な臼歯をもっているので、普通の種子は潰されてしまう。だからゾウに運ばれる種子はきわめて堅い。こうなるとゾウがいないと種子散布ができなくなり、いわゆる進化の袋小路に入ってしまったともいえます。ゾウが絶滅するとおそらくこういう植物も絶滅し、その葉を食べる昆虫たちも巻き添えをくうことになります。だからアフリカゾウを守ることは、何十種類かの木を守り、何百、何千種類の昆虫も一緒に守ることになるわけです。
もちろん動物と植物はお互いに助け合おうとしているわけではなく、それぞれ自分のためにやっているだけです。ただ、相手を誘導することはできます。互いに自分の利益のために、相手を操作するちょっとしたトリックを仕掛けていて、結局はそれでうまくいっているのだと思います。
霊長類がもつ味覚で、とくに甘さに惹かれるのは、果物の甘さと関係があるようです。熱帯の果物は、ドリアンにしてもマンゴスチンにしても強烈に甘い。リンゴやミカンのように酸っぱい要素がなく、ひたすら甘い。霊長類は昆虫なども食べますが、基本的に植物食で、とりわけ果物に惹かれるのは、植物が手なずけているからです。これは個体の学習によるものではありません。霊長類、果実を食べる動物が、進化的に植物に刷り込みされてしまった感覚だと思います。

もうひとつの
多様性

哺乳類は現在、地球上に約6000種いますが、その多くが絶滅危惧種に指定されています。この6000種が地球上の様々な環境に適応してきたわけですが、哺乳類の一員であるヒトはただ1種で、ほぼ地球全土に分布を広げてきました。このヒトの使う言語の数がやはり6000前後といわれていて、この暗合は象徴的です。それはそのままヒトの多様性でもあるわけですが、言語も今後100年で半分以下に減るとされています。その背景には、自然とともに文化環境が次々に破壊されている現状があります。これはもうひとつの地球環境問題です。言葉を失うということは、歴史を失うことであり、自然と密接に結びついた文化を失うということでもあるのですから。