Interview #02永遠に生き続ける神秘のクラゲ

「死」は、生物にとって不可避の運命。
自然は、そんな運命にさからって生き続ける
不思議な動物さえ生み出しました。

久保田 信

京都大学フィールド科学教育研究センター 海域ステーション 瀬戸臨海実験所 基礎海洋生物学部門 系統分類学分野准教授。1952年生まれ。愛媛大学理学部生物学科卒、北海道大学大学院理学研究科動物学専攻博士課程修了。著作は、『地球の住民たち』(紀伊民報)、『宝の海から』(紀伊民報)、『神秘ベニクラゲと海洋生物の歌』(紀伊民報)など。また「ベニクラゲ音頭」、「エディアカラのクリーチャー」などのCDでは、自ら作詞と歌を手がける

海洋生物は多様

現在、地球上に生きている動物は、記録されているだけで約144万種。動物界は門、綱、目、科、属、種に分類されていますが、門のレベルでは細かく数えると40くらいのグループに分けられます。その40門の95%が海産です。しかもその半分は、海だけにしかいません。それだけ海には、陸に比べて多様な動物が生息しているということになります。とりわけ日本近海は、暖流と寒流がぶつかり合い、しかも浅い海から深海まで様々な環境があるため、海外の海洋生物学者がうらやむほど、多様な生物に恵まれています。
私の専門であるクラゲも、非常に多彩な生物です。分類上はサンゴやイソギンチャクとともに刺胞動物門に属しますが、広義にはクシクラゲ等の有櫛動物門も含みます。カツオノエボシのような管クラゲ目は、1つの受精卵から生殖、摂食、攻撃、浮遊(浮き袋)など異なる機能をもつさまざまな個体が生まれ、それがまた集まってまるで1つの個体のような群体を形成しています。群体というより、やはり器官分割した個体といった方がいいかもしれません。ちなみにカツオノエボシの浮き袋には猛毒の一酸化炭素や窒素がため込まれています。
しかし何といっても不思議なのは、ベニクラゲが一番。この世の中でもっとも神秘的な生き物といってもいいと思います。

(1)和歌山県田辺湾産のベニクラゲでのクラゲからポリプへの若返り。(2)和歌山県田辺湾産の成熟雄クラゲのベニクラゲが見せた世界初の新旧合体の体(子孫のプラヌラをつくると同時に餌を食べながら生残中の口柄〈古い体〉と他の部分で若返ったポリプ〈新しい体〉)。(3)和歌山県田辺湾産のベニクラゲ(卵をもった成熟雌クラゲ)。(4)福島県いわき市産のベニクラゲ(北日本産の大型)。スケールは全て1mm。

(1)和歌山県田辺湾産のベニクラゲでのクラゲからポリプへの若返り。(2)和歌山県田辺湾産の成熟雄クラゲのベニクラゲが見せた世界初の新旧合体の体(子孫のプラヌラをつくると同時に餌を食べながら生残中の口柄〈古い体〉と他の部分で若返ったポリプ〈新しい体〉)。(3)和歌山県田辺湾産のベニクラゲ(卵をもった成熟雌クラゲ)。(4)福島県いわき市産のベニクラゲ(北日本産の大型)。スケールは全て1mm。

不老不死動物の発見

分裂で増える単細胞生物はともかく、あらゆる多細胞動物はいずれ死にます。多細胞になって有性生殖をすることによって、死は運命的に逃れられないものになったわけです。テロメアと呼ばれる染色体末端部にある構造が、細胞分裂のチケットのような働きをもち、人間なら50回ほどの分裂ですり減ってしまいます。このテロメアが、老化や死に深くかかわっているといわれています。成長して子どもをつくると……もちろんつくらなくても、人間も魚も昆虫も、死が待ち受けています。
ところがベニクラゲは、何度大人になって子どもをつくっても、若い体に戻る。これまで、そんな生き物は存在しえないと思われていましたが、1992年、ベニクラゲの不老不死の性質が発見されました。
ベニクラゲもヒトのように雄と雌があり、雌が卵を、雄が精子を出します。受精して分割が進むと、刺胞動物に特有の小さいクルクル回る毛の生えたプラヌラという幼生になり、いったんボール状になって固着し、植物のようなポリプの世代を迎えます。根を生やし、茎を出して、花のような部分をつくれば一人前のポリプです。やがてポリプは芝生、あるいはタケノコのように大きくなって、枝に実のようなものをつくります。この実から、ベニクラゲでは暖かい時期に、いわゆるクラゲが海中に泳ぎ出すわけです。最初は1ミリ、10日程で成長して10mm弱。小さな魚やエビの幼生などを餌にしています。ちなみに、われわれが普通クラゲと呼んでいるのは、この大人の世代、生殖をする世代であり、通常ならば死すべき体でもあります。生殖を終えると死んで、溶けてなくなってしまいます。まず肉団子のような形になり、溶けて海中の栄養分になるわけです。ところがベニクラゲの場合は、この肉団子になった時点で、ボール状になって、ポリプをつくるのです。つまり死を迎えず、若返りするのです。
何度でも若返るので、もしかすると何億年も前、ベニクラゲが地球上に誕生したときから(遺伝的に)同じ個体が生き続けている可能性もあります。
クラゲ世代とポリプ世代では、細胞のつくりが違うので、本来ならクラゲの細胞をポリプの細胞につくりかえるわけにはいきません。たとえば人間でも、筋肉に分化した細胞から脳細胞をつくるというようなことはできません。そういう不思議なことをベニクラゲはやっている。子どももつくるし自分も残るという、特別な生き方です。
最近、ベニクラゲの遠い親戚にあたるヤワラクラゲも、同じような仕組みを持っていることが発見されました。今後、ほかにも発見されるかもしれませんが、現時点ではこの2種のみに見られる現象です。
おそらく、起源的に古い動物である刺胞動物は、無性世代と有性世代ができたとき、有性世代は死すべき体になったけれど、捨て去るべき細胞をつくり直して自分自身が元に戻る能力をつくったのです。まったく無駄がない生物です。

二枚貝宿主より遊離したてのカイヤドリヒドラクラゲ(雌雄クラゲ)。

二枚貝宿主より遊離したてのカイヤドリヒドラクラゲ(雌雄クラゲ)。

1個の若いクラゲ芽を形成したカイヤドリヒドラクラゲ(ポリプ)。二枚貝宿主の軟体部より取り出したもの。

1個の若いクラゲ芽を形成したカイヤドリヒドラクラゲ(ポリプ)。二枚貝宿主の軟体部より取り出したもの。

夕暮れに旅立つ
カイヤドリヒドラ
クラゲ

クラゲの感覚器官も不思議なもので、ポリプ世代では光や味覚を感じてはいるようですが、どこに感覚器官があるのか確認されていません。一方、クラゲ世代では、感覚器官がはっきりわかります。ベニクラゲの場合は、触手の根元の裏側に赤い目玉が1個ずつあります。目玉というより眼点のようなもので、色素細胞が集まって光を感じているだけで、像をつくったりはしません。しかし器官形成においてより進化しているハブクラゲの仲間では、はっきりと目玉があります。レンズも網膜もあり、像を結んでいます。よくタコやイカなどの頭足類の目が発達しているといわれますが、ハブクラゲもかなり精巧な目をもっています。ただタコやイカと違い、脳のないハブクラゲが視力をどのように使っているのかは謎です。あきらかに、獲物を見つけたり、外敵から逃げたり、明暗を計ったりしている。脳はなくてもどこかで判断しているのでしょう。
カイヤドリヒドラクラゲは、二枚貝の殻の中、軟体部上にポリプをつくります。ヒドラクラゲの仲間は通常、群体のポリプをつくりますが、カイヤドリヒドラクラゲは分身をつくってもすぐに分離して個体になります。また外敵から襲われる心配のない貝の中にいるためか、有鞘類では唯一、鞘に包まれていません。物理的な刺激を与えてもほとんど反応せず、「のほほん」としています。それでも、夏になるとベニクラゲと同様に、有性世代のクラゲをつくって、貝の外に旅立たせます。それが必ず日没時に一斉に起こる。このクラゲはほとんど生殖腺とゼラチンだけでできていて、生殖行動のほかは餌もとらず、すぐに溶けてしまうので、異性のクラゲと効率よく出会うため、「外海」に出るタイミングを合わせているのです。彼らもきっと、日没という時間には、何かを感じているはずです。