◉ SF映画や小説、科学読みもの、そしてときには夜空の星を見上げることで、私たちは宇宙について知っている、あるいは宇宙を感じている気持ちになります。しかし、ある天文学者がいうように、人間は安易に宇宙という言葉を使いすぎているようです。
◉ 「宇宙」ステーション建設も「宇宙」遊泳も、地球のほんのすぐそばでの出来事。月面着陸もボイジャーにしても、たしかに第一歩ではあるかもしれませんが、「宇宙」探査と呼ぶのは少々おこがましいというものです。宇宙の全体像をイメージすることなど、まだまだ当分は不可能のままでしょう。私たちが地球の全体像をイメージしようとするとき、少なくとも地球儀や地図のような手がかりがあります。残念ながら三次元空間に暮らす人間には、二次元的に縁や果てのない地球はイメージできても、三次元的に有限である宇宙の姿を想像することは、困難至極です。そして星雲や星団、ブラックホールやクエーサーなど、個々の天体を知ってはいても、それらを地中海やヒマラヤ山脈のように知っているわけではありません。しかも直接観測できる天体の質量は、全宇宙の重さのたった10パーセント。残りは光とまったく相互作用しない物質、すなわち暗黒物質(ダークマター)からなっており、その正体も文字通り、いまだに闇の中というのですから、なおさら始末に悪いというものです。
◉ あるいは、そんな「瑣細」なことはともかく、宇宙はビッグバンによってはじまり誕生から137億年後のいまも膨張を続けていることがわかっているのだから、人類はすでに宇宙の基本的な謎を解いてその全体像を把握しつつあるのだと、楽観的に構えていればいいのかもしれません。しかしそんな一般に流布している宇宙のプロフィールも、実はまだまだ仮説の段階です。
◉ 1929年にアメリカの天文学者、エドウィン・ハッブルが観測によって宇宙全体が膨張していることを発見しました。膨張しているなら、そのスピードさえわかれば、過去に向かってフィルムを逆回しすれば、宇宙の年齢も計算できるはず。そのときの結論では、宇宙年齢は20億年でした。だからその後、1956年まで、公式には宇宙年齢は地球のそれ(約50億年)の半分にすぎなかったわけです。この矛盾を現代の科学者たちも、笑ってすませるわけにはいきません。2003年に発表されたNASAの宇宙背景放射観測衛星WMAPの観測結果により、宇宙の年齢は137億年と計算されたものの、一方で天体の一生を研究している天文学者たちは、宇宙の多くの星は160億年の年齢をもっていると主張しているのですから。
◉ 年齢の話のついでに道草を少々。時間の定義もなかなかの難問です。科学的には、自然界で規則的に繰り返される現象にもとづいて時計をつくればいいということで、現在は誤差1兆分の1秒以下という原子時計が基準となっています。そこでビッグバンです。現在は初期の単純なビッグバン理論では説明できない問題が出てきたため、インフレーション理論により補完されていますが、いずれにしろ宇宙は高温・高密度のある1点からはじまったとされています。ごく短い「時間」で、宇宙に存在する基本的な力と素粒子が誕生したわけですが、最初の10-23秒間については現在のところでは、説得力のある物理モデルは存在していません。そこでは、そんなただ1度だけ起きた観測者の存在しない現象に、現在と同じ時間の尺度を用いることが、本当にふさわしいのかという疑問も生まれます。数学的には1センチの長さに無限個の点が含まれているように、1秒にだって無限の時間が折り畳まれているのかもしれません。
◉ 数年前までは、宇宙はしだいにその膨張のスピードを落とし、そのまま安定するか、逆に収縮をはじめるかのいずれかの道をたどると考えられていましたが、最近の計算では、宇宙が「加速」膨張しているという結果がもたらされました。これまで「安定」した宇宙や「つぶれて」しまう宇宙について考えた科学者はいても、加速膨張する宇宙の将来に想いをはせた科学者はほとんどいませんでした。
◉ とりあえずビッグバン理論が正しいとするなら、宇宙は何もないところから生まれたことになります。もちろん「何もない」という状態も、人間の見方にすぎないのかもしれませんが、どうやらほんのわずかなきっかけで、宇宙が生まれてしまうような「無」があるようです。ある計算によれば、宇宙の歴史がスタートするには、陽子1個分の容積にせいぜい5キログラムの質量を詰め込めば、ビッグバンがはじまるといいます。つまり、いつの日か物質の操作によって自分の宇宙を創造することができるようになるかもしれないのです。物理学者のエドワード・タイロンがいうように、「われわれの宇宙はときどき起こることのほんの一例にすぎない」のかもしれません。